コロナ禍における混乱の後、社会はこれまでのありようとは決定的に異なると言われています。建築設計にはどのような変化が予想できるでしょうか。いくつかのキーワードからアフターコロナを考えます。
設計デザインと感染症予防が密接に関わっている事例の一つとして、モダニズム建築があげられます。まず1800年代に流行したコレラでは配管や下水の整備が進化し、1900年代に流行した結核では患者の隔離と健康な食事、日光や新鮮な空気などの開放的で衛生的に優れた環境が有効とされました。富裕層の結核患者は田舎に建てられたサナトリウムという患者のための施設で療養しましたが、これらの設計がル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエ、アルヴァ・アアルトで有名なモダニズム建築に多大な影響を与えたと言われています。
一般的にモダニズム建築は装飾を排した直線的で鉄やガラス、コンクリートを用いた建築とされています。「白い箱」「機械の美学」と言われることもありますが、日光を取り入れ明るく開放的な設計は衛生的な環境づくりに貢献した建築は「病院の美学であり、人間中心のデザインである」という建築評論家もいます。ちなみにサヴォア邸では玄関のすぐ横に流しを設置してあり、ル・コルビュジエの感染予防と清潔に対するこだわりがみて取れると言っていいでしょう。
モダニズム建築の前例を見てみると、新型コロナウイルスのパンデミックが与えている社会への影響が、今後の設計デザインの新潮流を方向付ける可能性は大いにあると思われます。
有効なワクチンなどの根絶策がまだない現状における対策として、「ソーシャルディスタンシング」とともに「テレワーク」が実施されています。 今後のオフィスのあり方として、「テレワークが主体となるために社員が全員出社前提のオフィスは必要ない」という規模縮小と、「ソーシャルディスタンシングのためにはこれまで以上に広さが必要」という規模拡大の意見の両方があるようです。
新型コロナウイルスの防疫が成功していると言われる台湾では、アクリル板などで「一人ずつパーテーション」をした飲食店が登場しているそうです。日本でもラーメン店の一蘭が席が一つずつ区切られたスタイルで有名です。このようなスタイルが飲食店の主流になるかどうかは疑問ですが、フードコートやブッフェなどは人の動線などシステムから変化せざるを得ないかもしれません。
また、今回のコロナ禍でダメージを受けている業界のなかでも、アパレルは特に深刻と言われています。これまででもネット通販に押されつつあるなかで、誰が触れたかわからない服を実店舗で試着するといった購買スタイルが仮に今後復活するにしても当分先と予想されます。実店舗をオンラインショップでは体験できない空間を提供する場とするならば、画一的に商品を並べるだけでなく、より一層「内装デザインの重要性」が高まるかもしれません。
今回の緊急事態宣言で在宅ワークを初めて体験した人も多いと思います。メリット・デメリットがあるでしょうが、今後も同じように自宅で仕事をする機会がやってくる可能性があります。自宅内の作業環境を整えるためのリフォームやリノベーションの需要があるかもしれません。一般的に直床のマンションは間取り変更を伴うリノベーションが難しいとされますので、あらかじめ可変性も加味した設計が求められるようになる可能性があります。
また持ち家のリフォームよりもハードルの低い賃貸住宅市場では、自宅を仕事場としても利用するSOHO物件への注目度の高まりも期待できます。玄関土間と一体の洋室を備えた部屋を具体的な例として紹介します。玄関土間と洋室を一体とすることで、そこをホームオフィスとすると仮に誰か来客があった場合に居住部分を通さずに、応接的に使えるというメリットがあります。居住部分と異なる空間で仕切られているので、自分の意識の切り替えもしやすく、オンライン会議の背景も気にならず集中できる環境が魅力です。
これまでの建築は「住宅」「オフィス」「ホテル」「医療施設」「店舗」といった用途によって限定的な使い方をされてきたことが主流でした。しかし、今回のコロナ禍では、ホテルを軽傷者の隔離に使用したり、住宅をオフィスとして使用する必要が出てきました。今までも災害が起きれば公共施設を避難所として使用するなどしてきましたが、今後は公共施設に限らず、住宅や商業施設などの建築物でも様々な用途に対応する柔軟な機能設計が求められるようになるでしょう。