大規模修繕の周期は一般的に10〜12年が目安と言われますが、建物の立地状況などによっては経年劣化には違いが出てきます。都内で実際に実施された大規模修繕の事例について株式会社アドバンス・シティ・プランニング(以下ACP) 銀座支店 一級建築士事務所建築課にお話を伺いました。
―大規模修繕で通常行う修繕の内容は大体決まっているものでしょうか。
中渡瀬:明確な定義というものはありませんが、足場を立てて外壁周り、屋上防水など外皮と呼ばれる部分を丸ごと修繕することを大規模修繕と呼んでいますね。
―今回の内容は
中渡瀬:外壁、屋上防水、あとはシーリングと呼ばれる建物の継ぎ目周りを全体的に直しました。工事内容の詳細
―大規模修繕というと一般的には10年あるいは12年周期で行うイメージなのですが。
中渡瀬:そうですね。今回実施したマンションでいうと一般的に言われる周期よりはやや短い期間での実施です。ですが現在のオーナー様より「建物の状況を調査し、適宜修繕をして欲しい」と依頼があり、調査を経ていくつか修繕案を提案した結果、大規模修繕実施に至りました。
―オーナー様からの依頼だったのですね。
中渡瀬:そうです。全体的にさほど悪い箇所は見当たりませんでした。ただ、この建物の特徴として「日当たりの良い面」と「日当たりの悪い面」があって、「日当たりがいい面」の方は「日当たりが悪い面」に比べると塗装やシーリングの劣化が見受けられました。
また4階の廊下にエフロ※と呼ばれる水が浸透してコンクリートの成分が出てきてしまう現象が一箇所発生していました。
※エフロ(エフロレッセンス、白華現象)…コンクリート中に含まれる水酸化カルシウムがコンクリート内に水が浸入することで、溶けてコンクリートの表面に滲み出し空気中の炭酸ガスと反応することで炭酸カルシウムが生成。それが乾燥し水分が蒸発すると白く結晶化し目に見える姿に変化するもの
一次白華:新築後、早い段階で発生するもの
二次白華:築後、経年しコンクリートが緻密ではなく、劣化で隙間が多くなる部分に局地的に発生するもの
そこで外側を確認したところ、サッシのシーリングに亀裂ができていました。亀裂ができていたのがエフロが見られた箇所の真裏にあたるところだったので、原因の見当は付けやすい部類でした。 調査したところ、シーリングに関しては全体的に硬くなっていて、いつ切れてもおかしくないような状態だったのと、貫通部の周りのシーリング材も硬化していることが判明しました。
―シーリング材はどのくらいで劣化が見られるものなのですか。
中渡瀬:シーリングはそうですね。メーカーによって耐用年数は変わってきますが、大体7年から10年程度で打ち替えるタイミングになってくるのが一般的です。
―一般的に言われる大規模修繕の周期より前に修繕の必要性が出てくることがあるのですね。
中渡瀬:建物の設置状況によって大きく変わってきます。今回のように日当たりがかなり良い場合は、一般的な周期より少し前に修繕するタイミングを迎える建物はありますね。オーナー様には施工的なところで何かミスがあるわけではなく、経年劣化で起きている現象であることを説明しました。周囲に高い建物がなく特に日当たりがいい屋上については、防水で一番重要な防水層はまだ大丈夫な状態だったのですが、その上の防水層を守ってくれるトップコートという膜が紫外線でだいぶツヤが失われていました。防水層が劣化してしまう前にトップコートを塗り直せば、防水層を剥がしてやり直すよりも比較的低額で屋上防水の延命ができる場合もあります。防水層自体が10年くらいもつのに対し、トップコートはメーカーにもよりますが5年以内にやり直すこともよくあります。
オーナー様には「今回漏水している箇所がたまたま共用部でしたが、専有部だったら怖いですね」という話から、やはり屋上は漏水に直結しやすいことをお伝えしたら「やり直したい」との意向でしたので屋上防水をやることになりました。
この建物は既存がウレタン塗膜防水でしたので、下地の湿気を抜くためにパンチング処理(穴あけ)を行ってから通気シートを張りこみ、下層からの通気を逃がす脱気筒を設置し、シートの下部に蒸気が溜まらないように工夫しました。
―こうした作業は雨が降っている時にはできないですよね。
中渡瀬:できないです。防水に関しては工程が多いので天気とのたたかいです!シートを敷くのと、上層のウレタン塗装も3層くらい塗るのですが、どの工程でも雨に降られると作業できません。特にシートを張ってから1回目の塗装をするまでの間に雨に濡れてしまうと、どうしても下に染み込んでしまうので、天気を見て3日間くらい雨が降らない日を確認してスケジュールを立てます。やはり梅雨時に防水をやる時にはかなり神経を使いますね。
―作業の上手い下手はありますか。
中渡瀬:あります。1回に塗る厚みに差が出てきます。
森峰:表面はみんなある程度できるけど「ちゃんと工程通りにやるか」「厚さをきちんととるか」「塗りが薄くなりやすい箇所も適正に塗り厚を確保できているか」など差が出てくるポイントはあります。角のところは特に薄くなりやすいのですが、そういうところに気を使って作業できるかどうかですね。ぱっと見きれいにできるので、表面だけ見てもわからないんですよね。
―では作業を監督することが重要になってきますね。
中渡瀬:例えばシートを張った段階で現場に行き、隅々まできちんと張れているか、継ぎ目でちゃんとテープが入っているかなど要所要所を確認していきます。最終的に表に出てこないところでちゃんとした処理をしているか、きちんと手順を踏んで作業しているかが業者によって差が出てくるポイントと言えます。
森峰:業者によっては自分たちがやりやすいように施工して、手を抜いてしまうケースもあります。
―大規模修繕の中では屋上防水が一番難易度の高い工事ですか。
森峰:もちろん様々な場合がありますが屋上防水よりも外壁のほうが重要な場合が多いです。その建物を知らない業者がいつもの工事メニューで見立てて作業しても、結局漏水している箇所を見逃していたということになりかねません。
私たちはまず「この建物で何が起きているのか」をヒアリングし詳しく調査します。ここを主軸に置いて最優先しないと、せっかく大規模修繕をしたのに「まだ漏水している」なんてことになったら大変です。監理する人間としてすごく重視しているポイントです。
―今回の工事に関して、居室内の調査は行ったのですか。
中渡瀬:室内は空室がなかったので共用部のみです。共用部にエフロが出ている箇所があったので、共用廊下の窓からのぞける部分を見て、また1階周りは外からも見えるので隅々まで目視で確認しました。エフロが出ている時点で少なからずどこかしらで雨を吸っている、すなわちシールが切れていることがわかります。
1階からの目視でクラックが入っている箇所も確認できました。中で鉄筋が錆びて錆汁が出てきている箇所も何箇所かありました。これは中で鉄筋が錆びているという一つの合図です。このようなことから全体的に修繕したほうが良いという判断をしました。
このような錆びている箇所は一旦外側のコンクリートをハツリ取って錆びている部分を削り、防錆塗装(錆止め)を塗ってまた埋め戻すという工程を行います。
大規模修繕したのにまた漏水するのは一番避けたいので、足場が立ったタイミングで外壁周りは全部自分で確かめます。怪しい箇所は打診棒で叩いて音でも確認したりします。調査の段階で分かっていた箇所はオーナー様に説明できるのですが、その後に判明した箇所については印をつけておいて業者さんと情報共有して適切に修繕するようにします。
森峰:予算の立て方としては壁面積に対して1.5〜2%の補修面積というように仮定して面積を出します。監理に慣れていないと、予算の立て方が難しくて修繕箇所を細かく拾えなかったり、後から出てきた箇所について、予算が確保できていない場合、業者はその費用は含みで作業はできないとの回答があったりといったトラブルになることがあります。
―調査というのは基本的に目視ですか。
中渡瀬:目視と打診棒ですね。写真にも残しますが、叩いたり触ったりして硬いとか柔らかくなっている等はその場で確認しないとわからないですね。
森峰:最初に建物を見た時に怪しいところを想定します。私は「ここが劣化しやすい場所だな」とか「ここが漏水の原因になりそうだな」というところを意識しながら見るのですが、経験が浅い人だと見てもスルーしてしまうことがあります。経験の差はこういうところに出てくる気がします。ただ経験を繰り返しているだけでなく、知識を基に建物の基本構造を理解し、図面の内容を頭に入れた上で現場を見ないと見当違いになってしまう恐れはあります。大規模修繕の計画を立てる時には特に重要ですね。
―オーナー様からの依頼で特に「こういうところを直したい」というのはありましたか。
中渡瀬:今回についてはなかったです。オーナー様の意向は「この建物をこれからも長く保有したいので、悪いところがあれば提案して直して欲しい」とのことでした。
―この物件はPMもACPですか。
中渡瀬:そうです。大規模修繕するにあたり、事前にPMの担当者に給排水の不具合や困り事などあるかどうかを確認したのですが、特にないとのことでしたので外側を中心に修繕することになりました。
―ではオーナー様の依頼がなかったら今回判明したような症状はどんどん進んでしまった可能性があったわけですね。
中渡瀬:そうです。中の鉄筋がどんどん錆びてしまうと見えないところで劣化が進むとコブのように膨張したのち、コンクリートが押し出されて割れる「爆裂」という現象が発生します。そのような事態になる前に処置できたのでよかったです。場合によっては歩道にコンクリートが落ちて人災が発生する恐れもありますし、リスクを未然に防ぐのはとても大事な事だと思います。
―この建物の大規模修繕で他の同じような規模で同じような構造のマンションと比べて違う点があるとすれば、それは日当たりが非常に良いことに起因していると言って良いでしょうか。
中渡瀬:そうですね。日当たりの他には大きい道路が近くにあって、振動があると建物のクラックやシーリングのひび割れに違いが出てきている可能性もありますね。
―そんなに違いが出るものなのですか。
中渡瀬:でますね。最近別の建物の大規模修繕を行いましたが、そこは建物のすぐ裏に線路が通っています。同じオーナー様がそこから50mほど離れた場所にもう一棟もっていらっしゃっるのですが、同時期に同規模で建てた建物なのに一般の方が見てもわかるくらいに線路に近い建物の方がクラックやシーリングの切れが多いのがわかる状態でした。線路や幹線道路が近いことによる振動も、劣化の度合いに違いが出てくる原因になる可能性はありますね。
―よく募集図面などで「リニューアル工事実施済み」の実施内容で「高圧洗浄」がありますが、この建物でも実施しましたか。
中渡瀬:はい。高圧洗浄はそれだけを行うものではなく、防水やトップコートを塗る前の下処理として必ず必要な工程です。この建物は外壁がコンクリート打放しのトップコートなので、表面のホコリや汚れを高圧洗浄できれいにしてからトップコートを塗り直しました。ちなみに高圧洗浄では錆や雨だれは落とせません。
森峰:下地8割とよく言われるように、吸湿防止材やプライマーなどをゴミの上から塗っても浮いてその箇所は弱くなってしまうので下地をきちんと乗せるための本当の第一段階が高圧洗浄ですね。
―どの工程も細かく写真を残して報告するのですね。
中渡瀬:手順を踏んだ工事の内容を記録して修繕履歴をきちんと残すことが大事ですね。例えば転売される際などはどのような工事が行われたのかという資料が大事になってきます。特に防水工事は工程が重要なので、写真で細かく残していきます。
―今回の大規模修繕についてオーナー様の反応はいかがでしたか。
中渡瀬:かなり満足されていました。その都度写真はメールでお送りして報告していましたが、工事完了時に修繕前の写真と比べてかなり高評価をいただけました。お持ちの他の物件についても検討してくださることになりました。
―なるほどちゃんと工事をするだけでなく、その工程についても後々まで明確になるように記録し、オーナー様へ説明することで信頼につながるわけですね。今日はありがとうございました。