鉄骨にガラス張りの高層ビルが林立する時代ですが、鉄とガラス張りの世界一有名な住宅とはどんな住宅でしょうか。
それが、近代建築の3大巨匠の一人、ミース・ファン・デル・ローエのファンズワース邸(1950年)です。
この有名な歴史的な住宅も、他の巨匠の作品に負けず劣らず人間臭いエピソードに彩られています。
収益ビルを建築する際には建築予算オーバーは最終利回りに直結しますので、大問題なのはどんなビルオーナー様でもおわかりになるかと思いますが、個人の住宅だから、やりたいようにお金をかけて建てちゃえばいいや、って・・・不動産ってかかる金額が大きいですから、予算オーバーすると、個人の住宅と言えども、ことはそう簡単に終わりません。
恋愛と訴訟の原因となった森の中のガラスの神殿
まず、このファンズワースというクライアントですが、ミースの恋人だった女医さんの名前のようです。
そして、恋人同士だったにもかかわらず、建築費が予算オーバーで訴訟沙汰になってしまいます。
結局、ミースが訴訟に勝って、ファンズワース女医は全額支払った上に結局、売り払ったそうですが、親子ほども年の差があった2人の恋愛は金銭問題に発展して終わっちゃったんですね。
この住宅はその後も競売にかけられたり洪水にあったりと波瀾万丈の名建築として建築史に残ることになり、ファンズワース女医の名前とともに、このエピソードも永遠に語り継がれることになってしまいました。
全面ガラス張りの平屋建という構造が目を引くファンズワース邸ですが、この建物のもうひとつの見所は、ミースの住宅に対する思想であるユニバーサル・スペースが盛り込まれている点です。
ユニバーサルスペースとは平面を最大限広く使う考え方で、それは、特定の目的を定めずに、居室のどこで食事しても寝ても良いという考え方で、家の中でのライフスタイルを間仕切られた部屋で制限されないということを提言したものです。
こうした画期的な思想も、やはり普通の人には住みにくいのか、今でもマンションは2LDKや3LDKといった間取りが好まれますが、デザイナーズマンション・ファンならミースの精神に触れるためにも、思い切って広い1LDKに住んでみてはいかがでしょうか。
ミースが残した言葉として有名なフレーズに「レス・イズ・モア」と「神は細部に宿る」というのがあります。
「レス・イズ・モア(Less is more)」の意味するところは、「より少なく語ることはより多く語ること」で、素朴で単純な中にある美しさ、単純であることは実は複雑である、というパラドックス的な美学、こうしたことを表した言葉が「Less is more」であると言われています。
ミースは日本庭園における枯山水の表現について説明された時にシンプルな「心」の一字に多くが表現されていることを聞いて感心したそうで、この「Less is more」という言葉は日本の「わびさび」にも通ずる概念かもしれません。
一方の「神は細部に宿る(God is in the details)」というフレーズが誰の言葉かは諸説あるらしいのですが、建築業界において使ったのはミースであると言われています。
この言葉は、美と機能の追求は細部へのこだわりが重要であり、細部にまできめ細かく配慮して作られたものこそ美しく、「細部」が「全体」の完成度に大きな影響を及ぼす、といった考え方を表しています。
建物の細部である素材・意匠等にも一切妥協せずに造形美を細部から積み上げて構築されたものこそが完成度が高く美しい、という訳です。
細かいところで手抜きばかりしている私には神が宿ってくれないのも当然でしょうね・・・。
WEBサイトを検索していると、ファンズワース邸がユネスコ世界遺産に登録されているという記述をよくみかけるのですが、それは間違いである、との指摘もあります。本当のところはどちらなのでしょうか?
当サイトでは、確実な文献等にて確認はしておりませんので、是非、ご自分でお確かめ下さい。
本当に世界遺産に登録されているのが確実そうな物件は「トゥーゲンドハット邸」のようです。NHKの世界遺産のページで紹介されてますので、こちらは本当のようです。
これだけ有名な「ファンズワース邸」が世界遺産に未登録で「トゥーゲンドハット邸」が登録されているのが事実とすれば、それはなぜだろう、と考えたのですが、ナチスドイツの占領下に置かれたり、チェコスロバキアの解体の調印式が行われたりという歴史的な重みのある「トゥーゲンドハット邸」に対して、「ファンズワース」というミースのゴシップ相手の名前のついた邸宅では・・・歴史的背景が軽すぎ?・・・ということなんでしょうか?
それとも、トゥーゲンドハット邸の方が1930年完成なので、ユニヴァーサル・スペース様式の邸宅としては、こちらの方が先だし・・・・と考えれば、建築様式的観点での選定でも、トゥーゲンドハット邸を登録ということですかね。
そんな視点からミースの代表的な建築物の歴史探訪をするのも、これまた楽し・・かもしれません。(by T.I.)